2002-06-03
2002-06-02
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]七日目
七日目:フランスダービー観戦
ちょっと写真は残していないんですが、旅行中ホテルにいるときにテレビをつけていることが多かったんですが、これでもか! というぐらい日本のアニメが放映されてました。地元のアニメなかったんじゃないかなぁ。ていうか、ディズニーものすらなかったような記憶です。一番強烈だったのは「妖怪人間ベム」。全然イタリア語が違和感ないの。元々、画からして無国籍だからマッチするんですな。「ヤッターマン」も違和感なかったなぁ。声優さんの声のイメージを大事にしていたからというのもあるかもしれませんが。
さて、今日はローマからパリへの移動日。レオナルド・ダ・ヴィンチ空港からシャルル・ド・ゴール空港へアリタリア航空で約2時間。途中、眼下に美しいアルプス山脈が見えたりして最高のフライトでした。
13時ぐらいにシャルル・ド・ゴール空港に到着後、本来ならバスによるパリ市内観光なのですが、なんとこの日はパリ郊外にあるシャンティー競馬場で「フランスダービー」が行われる日だったりしたのです。日本にいるときからすでにチェック済みで、ツアーコンダクターの人にお願いして、一人ツアーを離脱して観戦に行くことを決めてました。というわけで、ここでツアーの皆さんと離れて単独行動。まずは高速郊外地下鉄 RER のB線を使ってパリ北駅へ。乗り換えてChantilly-Gouvieux駅に向かえということでしたが・・・わからん(汗)。来たのはいいんだけど、路線が無茶苦茶あってどれがどれだかさっぱし。路線図どこにもないし(探せばあったんでしょうけど)。地図を見る限りChantilly-Gouvieux駅はだいたい通るみたいなんですが、止まらなかった悲惨ですし。なによりいきなりフランスでの単独行動。さっぱしわかんねぇ。困った揚げ句、手持ちの路線図を見直すと、高速郊外地下鉄 RERのD線が止まることが判明。え、んじゃ単に地下鉄で乗り換えればよかっただけ? 自分で自分に呆れる。時刻表と路線図をあわせみると、どうも途中から国鉄と相互乗り入れになってChantilly-Gouvieux駅に行けるみたい。地下鉄だと各駅停車みたいな感じです、実のところこの時点でもう14時半ぐらいでダービーに間に合うかどうか不安で一杯だったのですが、もうわかりやすい方法で行きたいという気分で一杯だったので、割り切りつつ乗車。時間にしてどれぐらいかかるかさっぱしだけど、なるようになれという思いだったのでした。
最初は現地住民とかいろーんな人が乗ってたのですが、地上に出たあと、いきなり田園風景ばかりになってから乗客がどんどん降りていって、いつの間にか自分と家族が一組のみ。いやそれもわかるような森の中でして。ほんとにちゃんと着くのかとまた不安がよぎった瞬間、到着。ん〜・・・地方駅まるだしだなぁ。ネットで調べていたとはいえ、やっぱり田舎だなぁ(苦笑)。地図にしたがって、シャンティーの森の中を競馬場まで10分ぐらい歩いていくのですが、日本の森林とはまた趣が違うなぁ。なんてコトを思っていると、競馬場の正門とは全く違うところに到着。ちゅうか、目の前がコース。人の流れに沿って歩いてきたつもりだったんですが、しまった、間違えたかな?
と思った瞬間、埒が開いてコースに人が流れ込んでいくんですよ、これが。日本の競馬場みたいに地下を通って内馬場と結ばれているわけではなく、ふつーにコースを横切ってスタンドに行けるんですね。こりゃ結構感動。
いや〜、しかし〜、のどか〜。とても「日本で言う」ダービーが行われる雰囲気にないね。日本だとローカル競馬。まるで札幌競馬場かよ! と思わせるような風景でして。肩肘張らない観客ばかり。日本人はほぼ皆無。たまに見かけるのは関係者っぽく。ん〜、いい感じ。レーシングプログラムを入手して解読する(英語もあったのでわかった/フランスは英語の表記がホント少ない)についたのは5Rの直後で、6Rはオークスで、7Rがダービー。ふむふむと思いながら馬券売り場に。購入単位は2ユーロと10ユーロ。もちろん2ユーロ(笑)。データがわからんのに買えるか! なんですが、レーシングプログラムを熟読すれば、少々はわかる。とはいえ、ここは騎手買いでしょう。なんてったって、本日の目的の一つでもある日本のトップジョッキ「武豊」がいるんですから。
オークスを見送りつつ、ダービーのパドックに張り付く。日本だと考えられないことなんですが、ジョッキールームからパドックまで、騎手が観客の中を通っていくんですよ。ホント10cmぐらい目の前を武豊はもちろん、ペリエやブフやスミヨンが通り過ぎていく! 声をかけてみたのですが、武豊は無愛想でした(苦笑)。ペリエは「ガンバルヨ!」と返してくれたのが印象的だったなぁ。パドック自体はさすがに人だかりで、平均身長の高さからうまく写真が撮れなかったのですが、こちらです。
いよいよダービーということで、2ユーロで武豊とペリエのワイド1点勝負! 騎乗馬が何番人気かさっぱりわからないのでいくらつくのかもさっぱりわからない(笑)。まぁ、当てることが目的ではなく、フランスダービーを見るというのが目的だったわけで。ゴール前にあっさり陣取ることができてさぁ観戦。日本とターフビジョンの見せ方が違っていて、こちらでは馬と一緒に内馬場に車が走ってその迫力がわかるんですよ。日本みたいにスタンドからロングショットというのではなく。ただ、迫力があるだけに全体の流れがどうなっているかはさっぱり(笑)。先頭からしんがりまでなめて放映してくれないから、豊とペリエがどこにいるのかわかんねー・・・と思っているうちにゴール(汗)。勝負服を見る限り馬券がかすってないことはわかる。ということで、しゅーりょー(更汗)。まぁ、見れたという事実だけでお腹いっぱい。よしとしましょう。
パリに戻ってきて、今度は市内地下鉄で移動、と思ったら女子学生らしきめがねっこに手招きされる。周りにフランス人いるのにねぇ。この時点で日本人狙いっぽいのがまるわかり。無視してちょっとあたりを見渡すと、いかにもぁゃιぃ若きフランス人が。なんだかなぁ。観光客っぽい格好で単独行動はオススメしないとこなのね。地下鉄でもがきんちょ7人ぐらいに取り囲まれるし。隣に強引に座ってきた子に体密着されるのにはまいった。ポケットとかバックとか神経質過ぎるぐらいガードすると、すぐ次の駅で降りていったけど、別の車両に移ってるんですよ、これが。うーん、うーん、うーん。
まぁ、そうは言っても無事ホテルに到着したからいいんですけど。疲れ切ってはいるので、夕ご飯どうしよっかなというところではあったのですが、せっかくだからということでモンパルナスにあるラ・クーポールで海鮮盛り合わせを食べました。ただ、なんつーか、夜観光客が来るようなお店でもなかったのは確かでしたね(笑)。
明日はパリ自由観光日。動き回るぞ〜。
2002-06-01
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]六日目
六日目:ローマ自由観光
今日はローマ自由観光日。貧乏旅行な身としては市内移動はすべて徒歩という体力勝負でしたが、言うなればこの日が一番きつかったかもしれません(汗)。
近代建築の名作とされるテルミニ駅(ヴィットリオ・デ・シーカ監督『終着駅』(1953)の舞台でもある)方面からスペイン広場歩こうとしたのですが、噂に違わず治安が悪い。朝っぱらからでかけたのですが、せっかくだから駅の近くまでと思った瞬間に20mほど前で子供二人組のスリが地元民の腕を引っ張ってまでスリしちゃうような現場を目撃。こりゃアカンとばかりにまっすぐスペイン広場に向かうことに。ツアー中、最悪に治安が悪いとずっと聞かされていただけにすぐに実感しちゃったというところでしょうか。
気を取り直してスペイン広場。説明するまでもなく、名作中の名作、『ローマの休日』でヘップバーンがジェラートを食べていた場面で知られるところです。観光客しかいないようなタダの階段ではあるんですが(笑)、せっかくですから見ておこうと。ここでは日本語の客引き。流ちょうというか、たぶん日本人(苦笑)。日本に帰って仕事しろよ! と小一時間問いつめたくなりましたね。
そこから更に歩いてポポロ広場へ。結構大きな広場で、中央にある高さ36メートルの
オベリスクは紀元前10年に初代ローマ皇帝アウグストゥスがエジプトより持ち返った最初のもの。よくもまぁ、こんなでかいシロモノを持ってくる気になったというか、当時の権力者の力というものを再認識したというか。
で、ポポロ広場を見下ろすような展望台に上ると、そこからローマ市内が一望できまして。お天気も良くとても気持ちよかったです。その展望台では、小学生が自転車教習をやってました。どこの国でもこゆことするのは一緒なのね〜とそれはそれで感慨。
さて、問題はこの後。次なる目的地のパンテオンに出向こうと、街をショートカットしつつ歩いていると、なにやら一人の観光客っぽい白人が地図片手に英語で話しかけてくる。疲れて判断力が鈍ってしまっていたのか、相手をしちゃうんですが、どーも要領を得ない話。バスに乗りたいんだけど、こちらが把握している場所とは結構見当はずれな位置だし、なによりバスが走るような広さの道路でもないしと訝しげに思っているのと、突如地元の人と思われる二人組が登場して、なにやら取り出して「ポリス!」と言う。(゚Д゚)ハァ? どー見ても露天で買ったようなオモチャの警察手帳(もちろん写真なんぞついてない)でなんだこりゃと思った瞬間、あやめねーさんが大声で「NO THANK YOU!」と叫ぶ。ああ、これがガイドブックやツアーガイドさんからさんざん注意を受けていた「ニセ警官」なのね。アホラシー。手口は「財布の中身を改めつつ抜いちゃう」だそうですが、ばかばかしくてぎゃぁぎゃぁ騒いでいるのを完全無視で歩き始める。十中八九、話しかけてきたにいちゃんもグルなんだろうなぁ。うーむ、ローマのイメージががんがん悪くなる(汗)。
そんなトラブルに負けないとばかりにパンテオン到着。ここはローマ皇帝ハドリアヌスによって建てられた、古代ローマ建築としては最も保存状態の良い建物で、ラファエロをはじめ芸術家の墓もパンテオン内部にあったりするんですね。さて、その合間から差し込む光がなんというか 大 感 動。昨日のヴァチカンに負けないぐらい。イタリア文化ってすごひ。これで治安がよかったら大好きな街なのになぁと同時に思っちゃったりして。
コロッセオ近くにあるジオリッティ(ジェラッテリア)であやめねーさんがジェラートを食して満足した後、またスペイン広場まで戻って遅い昼食を取ろうとしたのですが、目的としたお店であるRE DEGLI AMICI (レ・デッリ・アミーチ/レストランテ)がすでに満杯で受け付けてくれない。つうか、地元民まで並んじゃっているような状況で、旅行者なんて入れてくれるはずなく。しょうがないので、そこから10分ほど歩いたところにある濱清(日本料理屋/Roma Via della Mercede, 35/36/+39 066792134)で昼飯。親子丼を食べてとりあえず満足。でもやっぱり日本のしっかりとした味が恋しいようと思えてきたのも事実でしてねぇ。ううむ。
で、もうクタクタなので、最後に骸骨寺(正式名称はサンタ・マリア・デッラ・コンツォーネ教会)を見ることに。ここはカプチーノの名前の由来であるその色の修道服を着るカプチン派の教会なんですが、その約4000体のカプチン派の修道僧の骨が、5つの部屋と廊下に飾り収められていたりするんですわ、これが。適当につまれているわけではなく、ありとあらゆる飾り付けに骸骨が使用されているんですよ。教会内が撮影禁止だったので、画像にて紹介することができないのですが、とにかく印象は強烈! オススメの観光スポットかもしれません。
これでもう電池切れ。朝の9時から夕方4時までとにかく歩きまくり。万歩計買えばよかったと思えるほど(笑)。ホテルに戻って気絶して、さぁ飯どうしようかなぁ状態だったのですが、ツアーコンダクターの方にホテル近くにある大衆レストランを教えてもらう。ボンゴレがうまいと聞いていったので、そのボンゴレを頼んでみたのですが・・・うっはー、なんじゃこれ、激ウマ。今まで食べたパスタの中で一番ウマイ! 今日一日の疲れが飛んでなくなるほど衝撃の美味さ。ツアー中に「高いオリーブオイルを使った料理はその値段に比例して美味しい」とは聞かされていたけど、なんてったってそのオリーブオイルからして全然違うんですわ。もちろんパスタとアサリのバランスも絶妙。生きていて良かったと思えるほど(大げさ)。
イタリアはこれにて終了。明日からは花の都パリですよ。
2002-05-31
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]五日目
五日目:ローマに移動→市内観光
フィレンツェのホテルを後にして一路ローマへ。そういえばこの旅、高速を使ってのバス移動が多かったですがイタリア国内では渋滞に巻き込まれることはなかったですね。運がよかったんかなぁ。そうそう、一番目にした日本のメーカーといえばやはりホンダでしたね。ただ、車種でいうと日産マーチが一番目に付きました。ヨーロッパでばかすか売れたというのはガセじゃなかったんですねぇ。
半日かかってローマ到着。このパック旅行唯一のお昼セットというわけで、市内のピザッテリアへ。日本人観光客がツアーで必ず連れてこられるお店のようです。んで、ピザたべたんですが・・・生地をトマト味で食っているような感じでして(汗)。いや、うまいはうまいんだけど、なんかこう、「これがイタリアのピザじゃ、激ウマだ!」てのを期待していたので少々がっかり。なんとなくなんですけど、どんな日本人が来ても文句がでないような味になっちゃったのかな、と。するとピザの基本みたいな風味になる。ん〜、これなら日本で成熟しちゃった宅配ピザのほうが個人的にはいいなぁ。結局この旅行中美味しいピザには出会えず。次来たときにはちゃんと調べて来ようかと。
さてさて、まずはローマ市内にある世界で一番小さい国「バチカン市国」へ。ここへは特にパスポートの提示無しで入れます。ここはカトリックの総本山。世界で一番小さい国とはいっても、その「サンピエトロ広場」はでかい! ここはベルニーニによって1667年に完成した寺院前の円形広場で、その円の真ん中にはエジプトから運ばれてきたオベリスクが建ってたりします。で、その円形の柱の上には140人もの聖人がいたりするんですね。様式美に圧倒されたというかなんというか。驚きだよなぁ。
広場に来たからにはサンピエトロ寺院にも入りました。もちろん総本山なんだから世界最大の教会ですよ。それだけに厳格で、半ズボンやへそだしな格好では入れないことになってるはずなんですが、見るからに西欧圏なおねーちゃんやおにーちゃんがあんたそらあかんだろうという格好で入っちゃってるのには笑いました。あんたら注意書き読めるだろーに。中は照明がないんですが、うまく天井から光を取り込めるようになってまして、それを写真で撮ってみたんですが、どうかなぁ?
こんな感じで4枚紹介してみましたが、微妙にぶれてますね(汗)。でも、この旅行を通じて改めてSONYのデジカメ”サイバーショット”『DSC−P1』の実力を再認識。もともと結婚式用にと買って、どうせ買うならホームユースで一番良いものをと思って購入したのですが、1年以上前の機種ながら満足の残せる写真が何枚か撮れまして。良い買い物したなぁ。
閑話休題。
ローマ市内観光の目玉はどこかというとやっぱりコロッセオ、バチカンを後にしてここに移動。世界中にあるスタジアムのお手本となった紀元前の建築物です。2000年以上前ですよ。その時代からしてすでに4万人も収容できる建造物。外観からしてすでに圧倒されるというか。正式名称は「フラウィウス朝の円形闘技場」なんですが、1000年前後からそばにあるネロ帝の巨像(コロスス・ネロニス)の名前が転用されてコロッセオとなったそうです。ここでそのコロッセオをバックにしてツアー全員の集合写真を撮影。全員で20名強、テレビクイズ番組の優勝者で構成されたヨーロッパツアーなんてそうはないです。記念になりますよ。アタックの優勝写真とともに家宝ですな。
中に入るというと、歴史の重みの圧迫感ですか、そんな空気が充満。空の青さもさることながらね。さっそく2階にあがってぐるっと一周して見るんですが、そうですねぇ、石でできた東京ドームてなところなのかなぁ。甲子園に行った経験があれば「石でできた〜」って言えるんですが。とにかくここはオススメですね。また行きたいものです。
トレビの泉にも行きました。その名の由来はは泉の前の広場に3本の街路が集まることからなんですね。様式はバロックで、もともとは紀元前19年にアグリッパという人が郊外にある約20km先の水源から水を引いて創設したものです。現在のこの形式になったのは、コンペの結果、サルビの案に基づいて1762年に完成。この泉の伝説といえばコインを1回投げるとまたローマに戻ってこれる、2回投げると好きな人と結ばれる、3回投げると嫌いな人と別れられるだったっけな、とりあえず我々は1回投げておきました(笑)。また、投げ方もあるそうで、泉を背にして右手にコインを持って、左肩越しにコインを投げるとのことです。あと、ガイドさんにスリがやたらめったらいるから十二分に注意してねといわれましたが、それもわかるというものですね。
最後にローマ三越へ。もうへっとへとで奥にある休憩所でぐったり。なんか買おうかとも思ったのですが、アズーリ(イタリア代表のユニフォーム)が日本で買うのとさして値段差がなくてがっくり。もともとブランドものとか一切合切興味がない二人なんで、ひやかすので精一杯といったところでした。
いったんホテルに戻った後、疲れきった体にむち打って20分ちょっと歩いてカンポ・ディ・フィオーリ市場に到着。ここにある有名なレストラン「ラ・カルボナーラ」でもちろんカルボナーラのペンネを食す。やっぱ本場だけあってうまいんですよ、これが。グルメ三昧、たまりませんなー。
2002-05-30
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]四日目
四日目:ピサ観光→フィレンツェ市内散策
前日の話だったりするんですけど、テレビでドイツ版「クイズ$ミリオネア」を見ましたよ。たぶん(笑)。たぶんというのはドイツの公式サイトとちょっと違うんですよね。パチもんなのかなぁ。でも音は全てミリオネアのBGMだし。大筋のルールは一緒だし。なにが違うかっていうと、問題が出題される前にランダムでジャンルが選ばれるんですね(写真クリックしてみてください)。そして問題数が進むに連れて択一も増えていくんですよ、これが。7問目ならば選択肢が7つあるんです(笑)。そんなに増えたらわかるかい! と日本のクイズ番組の感覚で考えるとそうなんですが、出場者は結構さくさくと答えていきましたねぇ。ちょっと問題文までは把握しきれなかったのですが、そんなもんなんでしょう。
その他にもツアーの最中はクイズ番組何本も見ることができましたねぇ。というか、がんがんクイズ番組が放映されてたんですわ。基本的に早押しクイズというのはなくて、出題者と1問必答形式ばかり。まぁ、文法で言うとラテン語が根っこの言語というのは早押しクイズと相性がよくないってのがありますからね(何、誰、など疑問詞が文頭に来ちゃうから)。面白かったのはイントロクイズ番組。なんと生演奏。これなら早押しになるんですが、ボタンのチャイムがうるさい(笑)。や、実際に演奏している人を止めるんだから当たり前ではあるんですが、画的にも変な感じで何言ってるかわからなくても楽しめました。
さてさて、この日の午前中はオプショナルツアーを申し込んでいて一路ピサへ。目的はもちろん斜塔。どれくらい斜めに傾いているのかこの目で確認してくるのだ〜。
バスで1時間ほど揺られてピサに到着。ここも観光地ということでバス規制がかかっており、現地からちょっと離れた場所について、シャトルバスにて現地へ。もちろんここも超有名と言うことで、人がたくさ〜ん。物売りもたくさ〜ん。見飽きたっちゅーに。まぁ、それだけの場所だけなことであることはすぐ実感。うーつーくーしーいー。絵画から抜け出してきたようだ。現地のガイドさんである重籐さんの案内によってまずはピサの斜塔に向かって歩く。おおお。ほんとに傾いておる。ただ、1998年にいい加減これではまずいということで、200年ほど傾きをなおしたとのこと。それでも折れないのが不思議なぐらい。実際に登ることができるんですが、今回はオプショナルツアーゆえ予約をしてないということもあってナシ。しかし、ん〜、登ってみたかった。登っている最中に折れたらネタになるじゃないですか(そゆ問題じゃないって)。
にしてもこのツアー初めて天候が素晴らしく良くなりまして。芝生の緑にドゥオーモの白と空の青が見事なコントラスト描いて視界に迫って来るというか。デジカメとはいえ、写真も撮りがいがあるというものです。
斜塔のすぐそばにあるドゥオーモにも入りました。もともとドゥオーモに付属するのが鐘楼で、それが傾いちゃったから有名になっちゃっただけなんですけどね。や、このドゥオーモだって斜塔に負けず劣らず美しい建物でしたよ。ピサもフィレンツェと同じく強力な都市国家を形成していた時期があって、その時に建てられただけあって荘厳。内部だってフィレンツェにあるものに負けていない。よかったですよ。
ガリレオもここで受けたという洗礼堂にも入りましたが、ここで守衛さんのパフォーマンスがありまして、堂内の反響音の長さを実演。決して歌がうまい&声がいいとも思えない守衛さんの声が反響して一人ハーモニー状態。動画ファイル(MPEGで1.3MBあります)としてそのハーモニーを記録してみたんですが、どうでしょうか。なんとなく雰囲気は伝わるかと思います。
いやー、しかしなんというかその、綺麗で。最高でしたな。
午後はフィレンツェに戻り、自由観光。我々二人は昨日行ったドゥオーモ登頂にチャレンジ、する前に腹ごしらえと言うことでIl Latini(イル・ラティーニ)へ。ここでフィレンツェ名物「ビステッカ(Tボーンステーキ)」を食そうということで。並ぶ並ぶとは言われていたのですが、時間はすでに14時ということでそゆこともなく。さっそく注文したのですが、あやめねーさんが2kgとか言い出して店員共々腰を抜かす(笑)。思いっきりジェスチャーでそれはダメだと言われて1kg。いやそれでも実際トンでもない量だったんですけどね。うまいはうまいんだけど、これだけでかいと食傷気味というか(汗)。他に生ハム頼んだんですが、こちらは最高。日本で食せない味でした。
さて登りますか! およそ500段の階段を30分かけてあがっていきます。ひたすらひたすらひたすらひたすら・・・。細いんだ。しかも急だし。行きと帰りが別だからすれ違うことはないからまだマシといえばマシ。途中、天井のドーム近く内部をぐるっと回るところがありまして、天井画を至近距離で見ることができましたが、やはり50m下から見上げても人物が一体一体わかるぐらいと言うことで、でっかーい。ここまで近いと緻密じゃない・・・というわけでなく、またこの距離ならではの見方もあるわけでして。細かい描写とかしてるんですよ、仕事に手を抜いてないんですよ(当たり前ですが)。でもこれで中腹ぐらいなところでして、素晴らしい景色を見るためにはまだまだ大変。最後に近づくにつれどんどん階段は急になるし、最後の部分のみ行き帰り一緒ゆえすれ違いで一苦労だったりするし。んがしかし、その努力は報われるですね。
すーごーいー。
かーんーどー。
来て良かった(感涙)。
是非、写真をクリックして拡大して生のサイズでご覧下さい。大感動。映画のワンシーンが生で目の前ですよ。情熱と冷静の間もなにも両方ともその通りです(意味不明)。思わず惚けてしまいました。フィレンツェに行ったらここに登らないでどうするかと確信。オススメの観光スポットですね。
で、30分かけて降りたのですが、これでもお腹いっぱいでへっとへと。あとは市内を散策するにとどめる。ペルケ・ノーというジェラッテリアでジェラート食べるのが精一杯(汗)。市内バスでホテルに戻って、すぐ隣にあるスーパーでケーキと総菜みたいなのを買ってそれが夕食。旅行疲れしているのに加えて500段の階段上り下りが相当応えたようです。ふぅぅ。
2002-05-29
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]三日目
三日目:一路フィレンツェへ→市内散策
そうそう、各ページにある写真なんですが、クリックすると別ウィンドが開いてばかでかく表示されます。撮影した素のままです。壁紙に使うなり、加工するなり好きに使っていただければです。その撮影技術はともかくとしてなんですけどね。
朝、ヴェネチアのホテルを後にして、島に唯一あるバス乗り場へ。ここしかバス&自動車は入れないんですね。あとは徒歩かボートによる移動という特異な街ヴェネチア。またきたいものです。
貸し切りのバスにのって一路フィレンツェへ。所要時間は4時間。イタリアの高速道路であるアウトストラーダは制限速度が130km/hと一般車が飛ばす飛ばす。バスは90km/hという制限があるみたいなんですが、体感速度はそんなんおかまいなしみたいな(笑)。ガイドさんの説明によると日本のETCに当たるモノがすでに10年前に導入されており、しかもそれが日本の技術というのだから笑える。日本では変なしがらみがたくさんあるのだろうなぁ。しかもそのイタリアのETC用装置は月200円ぐらいで借りれるそうで、日本の高い金を払って取り付けるものとは値段の点でも雲泥の差。がんばれ国土交通省。
昼頃にフィレンツェに到着。フィレンツェはその歴史的背景からバスが市内へ進入すること自体を禁じてまして、駅そばのバス専用レーンに停車。各自軽く昼飯を食べてから観光ということで、我々二人はマクドナルドへ。メニューは日本とほとんど変わりなく、値段はちょっとこっちのほうが高いかな? オーダーに失敗して単品になってしまいましたが(汗)、毎回大量に食べるわけにもいかないので、ちょうどいいかなというところ。
さて、フィレンツェ市内観光。まずはドゥオーモへ。ドゥオーモというのはキリスト教徒が礼拝または集会のために設けた建物のことで、イタリアの各都市にあります。ま、日本語で言えば大聖堂、フランス語ならカテドラルといえばピンと来るのではないでしょうか。で、フィレンツェのなんですが、これがまたでかい。どれぐらいでかいかというと、内部でウルトラマンに変身しても建物を破壊しないぐらいでかい(なんてたとえだ)。なんつーかその信じられないですな。東洋の建築物とは根本的に考え方が違うというか。日本には石積みの文化というと城郭しかなかったですからね。しかも土台。気候風土の違いとか様々な要因があるのでしょうが、やはり異文化に触れた衝撃というのは実際にこの目で見ないと実感はできないものですね。んでもってこの天井画。
この小さいサムネイルだとなんのことやらわかんないので、是非クリックしてご覧下さい。これ見上げて撮ったものなんすよ。しかも50m以上も上。人物の顔がだいたい人間一人分ぐらいのあるそうで。しかもそのお椀の内側に画を描いているのに、下から見上げると平面に見えるという技術。写真じゃまたわかりにくいのですが、それでもね。天井がちょっと光っているのですが、そこから採光しているとのこと。で、登れるそうなので、明日には絶対登ろうっと。
フィレンツェの街を横切って徒歩で移動したのですが、観光地らしく人いっぱい。これでもかってぐらいいっぱい。東洋西洋入り交じってましたね。日本の観光地は遠いだけある(物価が高いというのもあるのだろうけど)のか、それほど外国人の方を見かけることはないのですが、現在のフィレンツェの人口を考えると、ここにいる8割が観光客なんだな、と。バカンスの習慣があるから平日の日中でも人たくさんなんですなぁ。大分の石仏群なんて金曜日に行ったら人がまばらだったもん。日本人働き過ぎ(笑)。で、ばかでかいシニョーリア広場に到着すると、そこには有名なダビデ象が。コピーとは言え、本物と寸分変わらぬモノだそうで。
さてはて、ウフィツィ美術館に到着。ここはメディチ家のコレクションを中心に、19世紀から20世紀にかけて諸教会やアカデミア美術館より移管された絵画、購入および寄贈作品がたーくさんという歴史文化あふれる美術館です。チケット買ってあるのに待ち時間があるのも頷けるところ。予約してなかったら2時間待ち! ツアーのありがたみを受けたと言うところですが、それでも30分待ちましたからねぇ。内部は「コの字型」していてまともに見ようと思ったら余裕で1日コースという巨大な場所であり、見所たくさんなわけでして。ガイドさんもがんがんにとばして説明しまくる。そんな中でもよかったものといえば、ボッティチェリの「春」と「ヴィーナスの誕生」でしょう。モノホンですよ、感動ですよ、奥様。想像以上でかく、迫力を持って私たちの目の前に登場してくれました。うっすらと覚えていたこの絵を書かれた背景というのをガイドさんの説明で再認識。知識は実地ですよ。本のみでしか仕入れることができない知識もありますが、できうるならば体験して自分のものとする。一般常識に欠けるというのは、一般常識の世界でちゃんと生活してないということですよ。いやぁ、来てよかった。美術はそれほど得意なジャンルでなくても、興味を以て学ぶことができますからね。
一通りというか、ガイドさんの説明付きではたった7点しか紹介されなかったんですが、これで自由行動。そのままバスでホテルに戻るという選択肢もあったのですが、我々二人は滞在を選択。もうちょっとウフィツィ美術館をまわったあと、14世紀半ばにアルノ川にかけられたフィレンツェ最古の橋であるポンテ・ヴェッキオ橋をまわって、ちょっとアジアンな味を求めて北京飯店へ。味はというと、うん、普通に中華(笑)。最初に想像と違ったエビマヨがでて引いちゃったのですが、スープと焼きそばは日本で食べられる味で安心。値段もリーズナブルでえがったえがった。たばこ屋でバスチケット(1ユーロ)を購入して、市内バスでホテルに戻ったのですが、なんかすごくいい加減。簡単に無賃乗車できるんじゃないかってぐらいの。でも、たまに係りの人が乗っていて捕まることもあるそうなので、大人しくねというところで。
ホテルに戻ったらすぐ爆睡。つーかーれーたーよー(まだ3日目です)。
2002-05-28
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]二日目
二日目:ヴェニス観光→市内散策
朝は7時に起床。さっそく@niftyのグローバルサービスでイタリアのアクセスポイントに接続を試みるのですが、四苦八苦。モジュラーは日本と同じくというか世界共通仕様になりつつあるRJ−11だからすんなりつながったのですが、モデムから発信するパルス信号がうまく認識してくれず焦りました。結局通信速度を落としたり、接続タイミングを秒単位で調整したりしてなんとかダイアルアップ成功。日本のページも問題なく表示されて、あらかじめ設定してあった巡回ソフトでニュースを取得。あとはできるだけ短時間で回れるようにブックマークしてあった携帯で閲覧可能なページを巡回。このサイトの掲示板も携帯対応にしてあるので、旅行用日記スレッドに書き込む。メールも問題なく受信。えがった、これで浦島太郎にならないで済むし、会社や自宅サーバでトラブルがあっても大丈夫だ(笑)。
朝食はバイキング形式。こら世界中どこでも同じですわな。味は思ったよりどれもこれも薄味。ベーコンが巨大なことだったぐらい。あと、イタリア(つーかイギリス以外のヨーロッパ全域)は水が基本的に硬水なので、紅茶よりもコーヒーな文化ということ。なるほど、紅茶を頼んだんですが、いまいちでしたね。エスプレッソを生んだお国柄なんだから、当たり前かぁ。
午前中はツアーガイドがついてのヴェネチア観光。まずはチャーターボードに乗って外海を回りつつ海から見る街を堪能。いやぁ、ほんと絵画から抜き出したような光景です。夢中になってシャッターを押しまくる。128MBのメモリースティックだと全然減らないし(笑)。自分のための記録ということもあるから思い立ったらシャッターチャンスということで。
そんなこんなでボートはサンマルコ広場そばの船着き場へ。向かうはドゥカーレ宮殿。これは「アドリア海の女王」と呼ばれた中世の政庁府。イタリア人ながら室町時代とかすらすらでてくる日本語堪能なガイドさんの率先に従って内部をものすごい勢いで回る。「ものすごい勢い」というのは、そうでもしないと回りきれないから。ちゃんと見て回ったらそれだけで半日は楽に使ってしまうようなところなんですもの。天井画がとにかくすごい。見とれてしまう。内部は写真撮影禁止だったので画像は残ってないんですが、イタリア人な観光客ばかばか取ってたなぁ。で、内部はサンマルコ寺院と一部つながっていまして、そちらも見学。昔の裁判所から牢獄にあたる部分もぐるぐる周り(迷路みたいでした)、見所のひとつである「ためいき橋」も当然渡る。
これはですね、ドゥカーレ宮殿の地下に牢獄がありまして、国事犯はここに収容されるんですが、その前にせめて橋の小さな窓からこの世に別れを惜しませるという話があるんですね。クイズにでるかもしれないからチェックだ(笑)。いったん外にでて、今度は真っ正面からサンマルコ寺院に入る。
この建物はイタリアのベネチアを代表するビザンティン・ロマネスク様式の大聖堂でありまして、ヴェネチア商人がアレクサンドリアからかっぱらってきた聖人マルコの遺骸を収めるために西暦830年に作られ、以後いろーんな人が整理して美術史に類を見ない建物になったという歴史があり、今も実際に使われているとのこと。なるほど、内部では司祭さんが実際に祝詞をあげてましたよ。写真もビデオも当然禁止で、もうひとつ、女性の肌が露出した服装もだめというのが笑った。いや、それぐらいこちらの観光客露出が激しいんだもん。でも、その下半身で腹を出すというのは(以下略)。
ツアーの最後はヴェネチアグラス工房を見学。その美しさは証明済みみたいなところなんですが、陳列されているグラスを見ると改めて納得。思わず二人して気絶してしまう(笑)。貧乏旅行なのに、カード決済で日本円で2万相当のペアグラスを購入。あ〜あ、やっちゃった。まぁ、去年のクリスマス、プラスチックのワイングラスで乾杯したんだから、こゆのもありかな、と。
ここからは自由観光。貧乏旅行ということがあらかじめ決まっている我々はゴンドラを痛恨の思いで見送って、徒歩で観光(水上バスすら使わず)。なんというか、10kmぐらい歩き回りました。や、歩き回るだけでも十二分に見所ばかりの街なんですよ。街全体が美術館という感じで。まず目指したのはヴェネチアの中心部にあるリアルト橋。
ここはヴェネチアのまさに中心とも言える橋で、橋の上に設計当初からの思想として商店街ができちゃってるんですね。16世紀の話ですよ。できてから400年以上経っているのに、まだまだ現役というのは、ヨーロッパならではの石造りの歴史というかなんというか。ということで、噂に違わぬ・・・観光客の多さ(苦笑)。平日だというのに、新宿の雑踏レベルで人がいるんですが。この街の人口がたった10万人だけということを考えあわせても、いかに観光客がとんでもなく多いかというのを証明していますね。
そのリアルト橋を渡って、市内と練り歩く。途中テレフォンカード(5ユーロのもの)を買ってたがいの実家に電話。おおお、なんか日本で電話しているのと変わらない音質で会話できますよ。まぁ、東南アジアならともかくの通信事情です。
さてさて、サンマルコ広場に戻ってきてみたのですが、いや〜広いんだけど、ドバトが超多い。日本でもどこでもこいつらいまくるんだな(苦笑)。この広場、世界初のカフェレストランがあったりするのですが、もうそこに行く体力はなく。でも、街の景観だけは確認したいと言うことで鐘楼に登ってみる。いやこれがまた良い景色で。ちょっと空模様が残念ではあったのですが、それをカバーするだけの景観でありました。ここはオススメですね。
途中で雨足が強くなってきたので、いったんホテルに避難した後、改めて夕食にでかける。移動手段には水上バスを使ってみたのですが、いやぁ、快適ですねぇ。感覚的には日本の路線バスと何ら変わらないのですが、水の上を移動という点で風情自体が全然違いますね。さて行ったお店はTrattoria alla Madonna(calle della Madonna,San Polo 594 / Tel.041-5223824 / 水休み)。イタリアの大衆料理屋みたいなところ。まだいのフライ。サラダ。魚介の盛り合わせ。うまい、魚介がサイコーにうまい。倒れそうになるぐらいうまい。や、魚とか貝とかの本来の味は日本のものと変わらないんだけど、油、オリーブオイルが違う。風味づけの色合い自体が違うね。大変満足して夜は更けていったのでした。
2002-05-27
■[アタック25優勝旅行記]index
2002年5月27日〜6月4日にイタリア・パリ10日間の旅行を楽しんだ記録です。
・初日 -> d:id:magicalfactory:20020527:p1
3度も飛行機乗っちゃった
・2日目 -> d:id:magicalfactory:20020528:p1
ヴェニスで観光
・3日目 -> d:id:magicalfactory:20020529:p1
・4日目 -> d:id:magicalfactory:20020530:p1
ピサとフィレンツェの景色にKO
・5日目 -> d:id:magicalfactory:20020531:p1
・6日目 -> d:id:magicalfactory:20020601:p1
・7日目 ->d:id:magicalfactory:20020602:p1
・8日目
パリの街を観光
・最終日
パリから大宮まで
■[アタック25優勝旅行記][クイズ][旅行]初日
初日:成田〜関空〜シャルル・ド・ゴール空港〜マルコポーロ空港
朝4時に起床。前日に寝たのが12時前。さすがにねーむーいー。頭がぼけぼけモードながらも、一応前日までに準備は完了していたのでまぁ余裕といえば余裕。シャワーを浴びて目を覚まし、5時に自宅を出発。貴重品のたぐいはあやめねーさんの実家に預けたし、サーバは所詮自宅サーバなのでこけたらしゃーないで済ます(苦笑)。いや、もしこけてもリモートで極力なんとかできるようにはしてあるんですけどね。さすがに10日間もちゃんと管理しないということは不安ではあるんですわ。
大宮からは羽田までの直通バスにて。電車乗り継いでいったらそれだけでへたっちゃいますからねぇ。基幹都市に住んでいるありがたみといったところでしょうか。月曜の早朝だからほとんど人が乗らないのかな? と思っていたら甘い甘い。早朝羽田は各地に出張するビジネスマンに使われているんですな。たとえ不況でも働く人は働く。
およそ1時間半で羽田到着。添乗員さんとおちあって手続き。特に問題はなく、荷物はなくなったらなくなったでどーにでもなるしみたいな話をしつつ飛行機に搭乗するも、搭乗客の1人がまたいないということで30分押しになる。しかもその該当者が今回のツアーの一員だったりして。羽田から飛びだったのは4人。次のチェックポイント(違)関西国際空港では何人が待ち受けているのでしょうか。楽しみです。
つわけで、関西の国際玄関「関西国際空港」到着。なるほど、ここが毎年3センチ沈んでいる空港なのね(ぉぃ)。確かに金かけすぎちゃうんかという作りです。いったんトイレ休憩をいれつつ、すぐにパリ行きの飛行機に乗り換え。ツアーコンダクターな方の話によれば今回のツアーは計25名とのこと。全員が優勝者というわけでなく、我々みたく連れの方も含めてとのこと。でも、別に顔合わせがあるわけでなく、そのまま機内へ。あっと言う間に出発。さぁ、これから12時間ものそーらーのーたびぃぃぃ。
(・・・6時間経過)眠い。眠い。現地時間で考えると真夜中なんだけど、日本時間で考えると17時ぐらい。2年半ぶりの海外だし、ヨーロッパははじめてだし。時差ボケが心配だなぁ。機内食1回目がでましたが、JALゆえにこんなもん。椅子の背中にはミニモニターがあって映画やらゲームやら見たい放題やりたい放題なんですが、映画は特に気になるってのがなかったし(バニラ・スカイとレオンぐらいか)、ゲームはWindows付属のゲームレベル(ソリティア)でしかないし。エコノミーがせーまーいー(そういうもんです)。うとうとしながら、ゲームもやりつつ、日記も書きつつ、クイズも作りつつ過ごしていたりします。っとしてたら、おにぎりでてきたよー。うれしい〜。塩辛も食べたい〜(贅沢)。
(さらに3時間経過)足がむくむ。寝てるんだか寝てないんだかさっぱりわからん状態。長時間の飛行機は慣れてないとつらいもんですよ。やっぱり。12時間連続麻雀よりは楽かもしれないけど(笑)。
さてはて、ぼろぼろになりながらもパリ郊外にあるシャルル・ド・ゴール空港に到着。ドゴールってのはフランス第5共和制最初の大統領の名前ですな。新しいターミナルができたばかりのようでそこに降り立つ。コンクリートの打ちっ放しながら、見事な曲線美ですなぁ。アメリカの空港のようにごてごてしてなくていい。これがお国柄というものなのか。
ここで4時間半、ヴェニスへの乗り換えのため待つ。空港内を探索して見るんですが、特に目新しいってのはなく。ここで散財するわけにはいかないんでぶらぶらするしかないんですなぁ。。。カフェでも入ってればいいんですが、そんな雰囲気になく。だからなんだか、通路のイスの日本人率80%。や、この時点で疲れ果てた我々もその中の1人なんで、文句はいえませんが(苦笑)。
イタリアのアルタリア航空の小型機でパリからヴェニスに移動するんですが、すでにパリに入ったところで入国検査をしたため、ヨーロッパ国間は日本で言う国内移動の感覚で移動できるんですね(シェンゲン条約:1990年6月にEU内5カ国で調印され、97年10月にEU内に住むすべての市民の通行が自由化)。とはいえ、ボディチェックはかなり厳しい。小銭程度でも反応する感度の良さ。一人一人が日本の三倍時間をかけてました。んでもって、飛行機に乗ったら乗ったで今度は滑走路渋滞。座席に着いた時点で寝ちゃったんで覚えてないんですが、離陸に1時間もかかったそうです。ひええ。
なんやかんやでヴェニスのマルコポーロ空港到着。名前はたいそうですが、規模は日本の地方空港並。すでに時計は23時を回ってますし、日本で旅立ってから20時間が経過。めろめろですよぅ。ここで羽田以来、自分のスーツケースと対面したのですが、むぅ、豪快に角がひとつへこんでいる。安物だからなぁ。壊れてないだけマシということでしょうか。ここでもツアー参加者の1人の荷物が迷子になるというトラブル。いやもーたーいーへーんー。倒れそうです。
そんな気分を帳消しにしてくれたのが、ヴェニスという街。空港の目の前がすぐ運河なんですよ。そしてジェットボートで直接ホテルまでゴー! 辺りは真っ暗ながら、水面の向こうに見えるは事なき水上都市。静けさがいっそう雰囲気を醸し出しているというか。ホテルはアマデウス。改築に改築を重ねた感じで、最初部屋番号教えてもらっても到達できなかったほど。ホテルのポーターまで混乱したところが笑える。ま、ベッドで寝られればそれでもうノーサイド。あっと言う間にzzz。
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